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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1968号 判決

控訴人 保科マリ子

右訴訟代理人弁護士 石塚久

被控訴人 柏中建設株式会社

右代表者代表取締役 中村誠

右訴訟代理人弁護士 貝塚次郎

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金二三万〇八二一円及びこれに対する昭和五五年九月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二〇分しその一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決は、第一項の1に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める判決

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決二枚目裏二行目の「建築工事」を「建築工事(以下「本件工事」という。)」に、同二行目から三行目の「請負い」を「請負い(以下、この請負契約を「本件請負契約」という。)に、同三枚目表五行目から六行目の「四五七万七六〇二円(計算上四五七万八一〇二円が正しい)」を「四五七万八一〇二円」に、同裏五行目の「七七万七〇〇〇円」を「七〇万七八〇〇円」に、同七行目の「五三五万四六〇二円」を「五二八万五九〇二円」に、同九行目の「民法所定年五分」を「商事法定利率年六分」に、同四枚目表一行目から二行目の「千代田区役所による指示は不知」を「千代田区役所による指示のあったことは認めるが、その時期は本件請負契約締結前である」にそれぞれ改める。)であるから、これをここに引用する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》をあわせ考えると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

控訴人は、昭和五三年三月ころから本件建物の建築を計画し、同年五月二四日実弟である倉持靖雄(以下「倉持」という。)の紹介により、被控訴人方でその代表者である中村誠と会い、種々打合せた結果、被控訴人に対し、まず、本件工事の見積を依頼した。被控訴人は専属で設計を担当させていた土橋建築設計事務所(以下「土橋事務所」という。)に設計を依頼して本件建物の建築設計図の作成を受け、見積に着手したが、控訴人は、その間、被控訴人に対し、資金の都合上建築費は坪当り四〇万円で総額は四五〇〇万円以内とするよう要望していたところ、被控訴人は、同年七月二五日総額五二三三万八〇〇〇円の見積書を完成して、そのころ控訴人にこれを交付した。控訴人は、資金の調達を検討したうえで、弟の倉持とともに同月二八日被控訴人方を訪れ、被控訴人代表者に対し請負代金を四八〇〇万円以内にするよう申入れたところ、被控訴人代表者は五〇〇〇万円を切ることはできないと主張して譲らず、折合いがつかなかったが、同夜、被控訴人代表者から倉持に対し、設計、監理から完成引渡に至るまで一切を含めて四九〇〇万円にすることでどうかとの申入があり、控訴人は倉持から連絡を受けて熟慮した結果これを承諾し、控訴人と被控訴人とは、同年八月二〇日に工事代金を四九〇〇万円とする工事請負契約書を作成した(ただし、既に同月八日に本件建物の敷地(以下「本件敷地」という。)上に建っていた木造建物の取毀しに着手していたので、契約書の作成日附は同月八日とされた。)。

以上認定した事実によると、本件請負契約は、いわゆる定額請負であったと認められる。

二  ところで、定額請負にあっては、仕事の完成につき請負人が契約時に予定した以上に費用を要した場合においても、それが契約締結後の注文者の新たな注文に基因するとき又はそれが契約締結時に当事者が予測することができずかつ請負人の責に帰することのできない事情の発生に基因するものであって、契約で定められた請負代金の支払のみに限ったのでは契約当事者間の信義公平の原則に反すると認められるような著しい事情の変更があったときを除いては、その出費は請負人の負担に帰し、請負人は、注文者に対し、追加工事があったものとしてその費用を請求することは許されないものと解すべきである(その反面、仕事の完成に契約締結時予定していた費用を要しなかったときでも、その利益は請負人に帰し、注文者は請負人に対し代金の減額を請求し、あるいはその差額を不当利得として返還を求めることはできない。)

そこで、右のような見地から、以下、被控訴人の追加工事代金の請求の当否について判断する。

三  まず、基礎工事の増加工事代金の請求について検討する。

1  《証拠省略》によると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  被控訴人は、昭和五三年五月二四日控訴人から本件工事の見積を依頼されたので、専属で設計を担当させていた土橋建築設計事務所に本件建物の建築の設計を依頼した。土橋事務所は、基礎工事について地耐力をN値(地盤の硬度)五〇と仮定したうえで、直径一〇〇〇ミリメートルの杭六本、一二〇〇ミリメートルの杭一本、一三〇〇ミリメートルの杭一本、合計八本の基礎杭を使用すること、杭の長さは二〇メートル(予定)とし、土質調査の結果によって最終決定するとして(《証拠省略》によると、建築確認申請書及び本件請負工事契約書に添付された図面には杭の長さの決定につき右の事項が附記されていたことが認められるのであるが、このことは、土橋事務所が当初の設計図を作成するにあたり、本件敷地の土質について的確な資料を有していなかったことを推認させる。)、本件建物の設計図を作成し、これを添付して同年六月一三日本件建物の建築確認申請を行った。他方、被控訴人は、そのころ土橋事務所から本件建物の設計図の交付を受けこれに基づいて見積に着手したが、基礎工事については、本来、本件敷地についてボーリングをして土質を調査したうえ杭の長さを決定しなければならなかったところ、本件敷地上に木造の建物があったので直ちにボーリングによる調査をすることができず、また、ボーリングによる調査のためには約三〇万円の費用を要し控訴人が建築費を切りつめるよう要望していたこともあって、ボーリングによる調査を行わず、控訴人が借受けてきた本件敷地の南側に隣接する土地に清水ビルが建築された際の同土地の柱状図(ボーリングによる調査の結果)を参考とすることとした。右柱状図には清水ビルの敷地は一五メートル下が砂礫層であると記載されていたので、被控訴人は、本件建物の敷地も同様であり、本件工事の現場で使用することができる機械では右砂礫層を打抜くことはできないと考え、杭の長さは一五メートルとすることとして、施工にあたる吉澤原動機株式会社(以下「吉澤原動機」という。)から見積を徴したところ総額二〇五万円の見積書が提出されたので、基礎工事費用を三六九万円と計上して請負代金総額五二三三万八〇〇〇円の見積書を作成し、前記一認定のような経過で同年七月二八日控訴人との間で請負代金総額四九〇〇万円と決定し、同年八月二〇日契約書が作成されたが、控訴人としては、右最終的に決定された請負代金額に基づいて見積書記載の工事費用をどのように修正するかについては被控訴人に一任し、特に関心をもたなかった。そして、同年八月九日付で千代田区役所の建築主事から申請どおり本件建物の建築確認が行われた旨の通知があった。

(二)  土橋事務所では、本件建物の建築確認の通知のあったころ、被控訴人から前記隣地の柱状図を受取りこれを検討したところ、本件敷地は前記設計図作成の際仮定した地耐力のないことが判明したので、千代田区役所の係官と相談しその意見を聞いた結果、右柱状図に基づいて地下一五メートルの砂礫層を支持層としN値を三〇として構造計算をし直して基礎杭の数を増加して基礎を強化することとし、杭の長さを一五・九メートル、直径一〇〇〇ミリメートルの杭四本、一一〇〇ミリメートルの杭四本、一二〇〇ミリメートルの杭二本、合計一〇本とすることに設計を変更して新たに図面を作成し直し、同年八月三〇日建築基準法第一二条第三項の規定に基づく報告書を自主的に作成して千代田区役所の建築主事に提出し、他方これに先立って同月下旬ころ(本件請負契約締結後と認められる。)、被控訴人に対しては、千代田区役所の指示に基づいて杭の本数を増加し基礎を強化することになった旨連絡し、新たな設計図を交付した(証人新崎幸次郎及び控訴人本人は、当審において、控訴人が隣地の柱状図を借受け被控訴人がこれを土橋事務所に渡したのは、当初の設計図が完成する以前であったと供述するのであるが、前記のように当初の設計図作成当時土橋事務所は本件敷地の土質について的確な資料を持っていなかったと推認されること、《証拠省略》によると、土橋事務所の設計変更とこれに伴う建築基準法第一二条第三項の規定に基づく報告は、隣家ボーリング調査により地下一五メートルの砂礫層を支持層とするとしN値を変更して行われていると認められること、仮に本件建物の建築確認の通知があるまでに隣地のボーリングの調査結果が判明していれば、土橋事務所としては、右報告によらずに図面の差替えによって処理していたと認められることに照らすと、前記各供述は、措信することができない。また、証人新崎幸次郎は、原審及び当審において、吉澤原動機が杭打の計画書を提出したところ千代田区役所の係官から基礎杭を強化するよう行政指導がありそのために設計変更が行われたと供述するのであるが、右供述は、《証拠省略》に照らすと、本件建物の建築確認通知の前後に隣地の杭状図を受取った土橋事務所が、千代田区役所の係官と相談してその意見を聞いた結果設計変更をすることになったため、被控訴人に対しては千代田区役所の指示に基づいて設計変更をすることになったと連絡したことによる誤解に基づくものと考えられる。)。被控訴人から基礎工事を下請していた吉澤原動機は、そのころ基礎工事に着手しようとして千代田区役所あて杭打に関する施工計画書を作成して工程の報告をしていたが(当審証人山崎考一は杭打の施工計画書を工事着手直前に提出させることはない旨証言するが、右証言は、《証拠省略》に照らし、錯誤に基づくものと認められる。)、被控訴人より、土橋事務所を通じ千代田区役所から基礎杭を強化するようにとの指示があった旨の連絡を受けたので、工事の着手を見合わせた。被控訴人は土橋事務所から受取った新たな図面に基づいて吉澤原動機から再度基礎工事の見積を徴したところ、九月一日総額四三九万八九七五円の見積書が提出され、次いで同月四日最終的に総額三九七万七七二八円の見積書が提出されたので、基礎工事費用が増加することが明らかになったが、被控訴人は本件工事の着工後工期が当初の予定より遅れており、また本件建物完成後協議の上費用の増加分の支払も受けられるものと安易に考え、基礎工事の仕様変更とその費用の増加について控訴人に説明してその了解を求めることをしないまま、九月四日土橋事務所の前記報告が受理され基礎工事の着工が可能となったので、その後間もなく基礎工事に着手しこれを施工し、翌昭和五四年五月本件建物を完成した。そして、その後請負代金の最終残金を受領する時も、下請業者からの請求が出そろうまでは本件工事に要した費用を確定することができないと考えて増加分のあることを控訴人に説明することなく、昭和五四年六月九日に追加工事代金として他の分を含めて八一五万円を請求するまでなんらの申出をしなかったため、控訴人は、基礎工事について変更があったことも費用が余分にかかったことも知らずにいた。

2  右認定の事実によれば、基礎工事の費用の増加は、本件請負契約の基礎となった当初の土橋事務所の設計(契約書に当初の設計図が添付されていた。)において基礎杭が八本とされていたものが、後の設計変更により一〇本に増加されたため生じたものであり、被控訴人は右設計変更の必要性を本件請負契約締結時には知らなかったものと認められる。しかしながら、当初の土橋事務所の設計において杭の長さは本件敷地の土質調査の結果により最終決定するものとされており、本件敷地の土質いかんによっては将来杭の長さを長くするか又はこれに代えて杭の本数を増加し基礎を強化しなければならない事態の生ずることもありうることが予定されていたものと考えられるのであって、専門知識を有する建築業者である被控訴人が、本件請負契約締結時において、右基礎杭の本数の増加を予想することが不可能であったとは考えられないところである。また、被控訴人は、右基礎工事の仕様を変更しなければならないことが明らかになって間もなく基礎工事の費用が増加することを知ったのであり(基礎工事着手前である。)、前記一認定の本件請負契約における代金額の決定の経過に照らし、本件請負契約で定められた代金額を超えて更に出費を強いられることが控訴人にとって重大な事柄であることは被控訴人にもわかっていたはずであり、控訴人に対しその負担を求めようとするのであれば、当事者間の信義則に照らし、被控訴人としては右費用の増加を生ずることを知った時点でこれを控訴人に告げ、控訴人として本件工事を中止してその負担を免れるか又は費用の負担について被控訴人と何らかの取きめをして工事を続行するかの選択をする機会を与え、その了解を求めたうえで基礎工事に着手するのが当然と考えられるところ、これを控訴人に告げず工事を続行し、本件建物の完成後請負代金残額の支払を受ける際にもその旨を告げずにこれを受取り、その後に至って追加工事費用としてこれを請求することは、請負人として注文者に対する信義誠実の原則に反するものといわなければならない。もっとも、前記基礎杭の本数の増加により本件建物の基礎が強化され、契約当初予定されたよりもその価値が増加したのではないかとの考え方もあると思われるが、本件建物については本件敷地の土質から考えて、本来右強化された基礎の状態を備えるのが当然と考えられるのであって、被控訴人としては、そのように基礎の設計を行いそれに基づいて見積をすべきであったのであり(本件建物の設計は土橋事務所が行っているが、前記認定の本件請負契約の経緯に照らし、被控訴人は土橋事務所を自己の履行補助者としてこれに設計を行わせたものと解される。)、本件においては前記のように中途において設計変更が行われたものであるにしても、被控訴人としてはこれを予想することもできたのであり、設計変更もありうることを予想したうえで見積をすべきであったと考えられるにもかかわらず、その予測を誤り安い価額でこれを見積り請負代金を決定したものであって(なお、請負代金は被控訴人の見積額より低く定められたものであるが、それにより見積額の工事費をどのように修正するかが被控訴人に一任されていたことは、前記のとおりである。)、その予測の誤りによって生じた出費は被控訴人の責に帰すべき事由により生じたものというべきであり、その負担を控訴人に転嫁することは公平の原則に反するものと考えられる。

そうすると、右基礎工事の仕様変更に伴い生じた費用の増加分は、定額請負の場合における注文者の負担すべき著しい事情変更に基づく出費にはあたらないと解するのが相当であり(注文者の新たな注文によって生じたものでないことも前記認定の事実から明らかである。)、被控訴人は、控訴人に対し、右増加費用の追加工事代金として請求することは許されないものというべきである。

四  その余の被控訴人の請求する追加工事代金については、当裁判所も、ガス本管工事費、アコーデオンカーテンの費用及びタイル工事差額は注文者である控訴人の本件請負契約締結後の新たな注文により生じた費用であり、その余はすべて本件請負契約に含まれていたものであると認めるが、その理由は、原判決九枚目表四行目から同一二枚目表五行目までの原判決理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、右ガス工事費三万〇三三八円、アコーデオンカーテンの費用七万七〇〇〇円、タイル工事差額一〇万二五〇〇円の合計二〇万九八三八円とこれに通常請負契約において加算される一〇パーセントの諸経費を加算した二三万〇八二一円を追加工事代金として支払う義務がある。

五  以上によれば、控訴人が不服を申立てた部分に関する被控訴人の請求は、控訴人に対し右二三万〇八二一円とこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五五年九月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がありこれを認容すべきものであるが(本来遅延損害金については商事法定利率年六分の割合によって認容すべきものと考えられるが、原審がこれを年五分の割合によって認容したのに対し被控訴人は不服を申立てていないので、これを控訴人に不利益に変更することはできないから、年五分の限度でこれを認容する。)、その余の請求は理由がなくこれを棄却すべきである。

よって、これと異なる原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条の各規定を適用し、なお、原判決の仮執行の宣言の効力の残存する範囲を明らかにし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 村上敬一)

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